老いへのあらがい。
2023.05.31

さっき知人から「もう6月やで、はやくない?」的なLINEがきたのですが、まぁ、普通はそんなもんですよね。
エリザベステーラーいわく、「歳月は忍耐を教えるものである」と。
人は老いると待つ事が苦ではなくなりますし、逆にいうと時が経つのが早く感じるわけで。
ただ、何かに一生懸命に取り組んでいたり、新しい事にチャレンジしたり、苦手な事をしていると、時間はゆっくり過ぎるわけで。
例えば、山手線と京浜東北線が並走している場合、山手線が100kmで京浜東北線が105kmで走っていたとしたら、その差は5kmしかないので、お互いゆっくり進んでいるように感じるわけで。
でも実際は100kmもの猛スピードで走ってるわけで。
自分が時間とあわせて行動したら、意外と時が過ぎるのは遅く感じるわけで。
つまり、老いへのあらがいというのは、時を遅く感じることができるかが鍵になるわけで。
休みの日にダラダラスマホをさわっていたら、いつのまにか夕方なんてのが最悪なわけで。
子供の頃に時間が経つのが遅かったのは、初めての経験をたくさんしていたからキラキラしていたわけで。
前にも同じ事を書きましたが、時の流れとは残酷だけども、皆に平等なわけで。
僕も老いにはあらがっていきたいですが、誰にとっても24時間は24時間なわけで。
スティーブ・ジョブスにとっても、ジェフ・ベゾスにとっても、安倍晋三にとっても、桜井和寿にとっても、そしてあなたにとっても、僕にとっても、時間の長さは同じなわけで。
でも、その過ごし方によって、どう使うかによって時間の感じ方は変わるわけで。
おそらく脳というのは異常に高性能で、だからこそ走馬灯のようなことが起きたり、事故の瞬間をスローモーションに感じたりするわけで。
つまりそれこそが、時間の感じ方はシチュエーションで変わるという証明なわけで。
誰もが死にむかって歩いているわけで。
だからこそ、マイナスな事やネガティブな事には執着せず忘れて前を向くべきなわけで。
子供の頃のようにキラキラしたいわけで。
それこそが老いへのあらがいの最高峰なのかもしれないわけで。
なんてしょーもない事を考えて、文書にしている間にも、僕の寿命は確実に縮まっているわけで。
まぁ、話もまとまらんわけで(w
写真はいつものバーでいつメンと呑んだシャンパーニュなわけで。
豊かな時間をゆったり過ごすためにワインはかかせないわけで。
わけで、わけで。
わけで(w
大阪・北新地で焼鳥なら炭火焼鳥・さかもり北新地へ
