さかもりの焼鳥日記

  1. さかもり北新地のHOME
  2. 炭火焼鳥・さかもりの焼鳥日記
  3. 報酬の尺度

報酬の尺度

2025.01.20

報酬の尺度

昨日のキャンセル料を請求するコラムの評判が良かったのですが、ちょっと書ききれなかった部分があったので、今日も同じようなネタを。

常連さんからキャンセル料ってとりにくいとは思うんですけど、常連さんだからこそぼくは常連さんサイドからキャンセル料を支払ったり、それとは別の形でも対価を払うってのが筋だと思うんです。

たまに、数回当店をご利用いただいた事のあるお客様にキャンセルを請求すると「何回も来てるのに払わないとあかんの?」と。

そう言われると「じゃあ、今回は」と言いたくなる気持ちはわかりますが、ぼくは常連さんこそキャンセル料を払うべきだと思うんです。

だって、常連さんってことはその店が好きだし応援したいし、贔屓されたいと思うから常連な訳であって。

例えば、ぼくは20年以上通うお寿司屋さんが甲子園口にあるんだけど、そこのお寿司屋さんは特段キャンセル料なんてないけど、もし前日や当日キャンセルするような事があれば、近い日にちでもう1度行くのは勿論のこと、行く予定になかった会食もそのお寿司屋さんにするとかの配慮をすると思うんですね。

それが常連さんなんだと思うんです。

もしくは、自分は行けなくなっても、その予約枠を誰かにお願いして行ってもらうとかね。

あとは、常連さんが「急にごめん、キャンセル料払うからキャンセルして」って言うてきて、店側から「いつも贔屓にしてもらってるからいいですよ、次回またきてください」ってパターンはOKだと思うの。

だって、店側がそう言う常連さんってのは、ちゃんとお店の事を考えてくれているだろうから、きっと次回多めに使ってくれたり、普段よりたくさん来てくれたりすると思うんですよね。

お金を払う側が偉いって訳じゃないと思うんです。

最近、金さえあれば何でもいい、金を使っているんだから何でもいいだろって風潮があると思うんです。

下品なyoutuberやtiktokをみてると。

もちろんお金があるにこしたことはないですが、お金って世の中への貢献への絶対的な尺度ではないじゃないですか。

金金いうてるyoutuber的な人たちや株や投資で儲けている人も、お腹もすくし、コンビニにも行くし、警察のお世話になる事もあるし、飛行機にも乗る。

金さえあれば何でも出来るのかもしれませんが、全員が金という尺度で生きると、当然世の中は回らないわけでして。

そら金持ちは言うでしょう。

そういう仕事は金を稼げないやつがやればいいと。

でもね、責任を持ってまじめにコツコツ働いている方がいらっしゃるおかげで、この快適な日本での暮らしというものがあるわけで、サラリーマンを見てたら死んだ顔してるから、起業しようと思ったなんて人の声を聞く必要はないと思うんです。

ぼくはサラリーマンではありませんが、疲れ切った時は死んだ顔してますよ(w

そら、実際に死んだ顔をしているサラリーマンを見て「気付き」になったのかもしれませんが、そういう表現は好きじゃない。

毎日同じ電車にのって、慎ましく生きて、小さな幸せで喜んでいる人たちの方が、絶対的に社会に貢献していると思うんです。

最近の世相を見ていると、どこか金がすべての尺度な気がしてるんですけど、絶対に違うとぼくは思うんです。

ぼくよりも消防士さんや、JRの運転手さんや、警察の方や、インフラを作ってる方、農家の方、畜産の方、医療関係者などなど、の方がよっぽど社会へ貢献していると思うし、でもそれらの社会へ貢献している人たちも、投資家たちに比べたら金という意味での対価は少ない。

この歪んだ資本主義社会の中で、それは仕方のない事だし、だからこそ今のマニーマニーな風潮は嫌な感じがするなと思うんです。

その最たるのが、コロナのPCR検査で儲けて、金持ち自慢をしているおっさんとかですね。

コロナで儲けたのはある種の商才でしょうけど、コロナで経済的に苦しんだ人は多々いるんだから、ひっそりとしていてほしいです。

東日本大震災で儲けた人もいると思うけど「地震で儲けた」なんていえば袋叩きでしょ?

それと同じなのに、誰もあんまり叩かない。

それがぼくは不思議なんです。

まぁ、何しか、今日も一生懸命、生きていきましょう。

そんな話をしながら、ローヌのルーサンヌをお供にめちゃくちゃ勉強になるフレンチを食べておりました。

今日のコラムの内容と写真が全くあってない(笑先日、外国人のノーショー問題をコラムにした所、結構反響がありまして。

やはり飲食店って外国人に限らず、ノーショーやドタキャン問題に悩まされているのは事実。

ホテルや旅行、航空券などのキャンセル料は素直に受け入れるのに、飲食店がキャンセル料を請求すると「聞いてない」だの「何で食べていないのに払わないとダメなんだ」だの、逆ギレしてくるパターンはかなりあります。

なのでスタッフも萎縮して、キャンセル料を言い出しにくいもんだから、そういう輩はまた増長する。

そしてこのキャンセル料逆ギレ人間を増長させたのが、ぼくのコラムのもはや大好物であるコロナ(w

コロナで日本中がお楽しみのさなか、国土交通省がJALやANAなど日本資本の航空会社に対して「コロナでのキャンセルはキャンセル料をとらないで」と要請したのを覚えていますか?

あれが悪手だった。

だって、航空会社は大手だから、キャンセルされた分を国から補填された訳じゃないですか。

つまり、お客さんが乗っても乗らなくても自分の腹は傷まない。

ちなみにその名残で、今でもコロナやインフルに感染した場合、診断書を出せばキャンセル料は無料になるんです、知らない人多いけど。

つまり、多くの国民は「コロナといえばキャンセル料は無料になる」というある種の免罪符を手に入れた訳です。

そして、大手航空会社は補填されるけど、我々のようなちっぽけな会社は、もちろん補填なんかされないのに、コロナと言えばキャンセル料が無料になると壮大な勘違いをした国民に「コロナだからキャンセルします、キリッ」みたいな、あたかもキャンセルは当然な事と死亡宣告される訳です。

よーく覚えていますよ、そういう発言。

「コロナに感染したからキャンセルします」と。

その頃はぼくもホールで業務しておりましたので、ぼくは平然とキャンセル料を要求すると、もう爆ギレ、逆ギレ、ブチギレ。

そらそうですよね、壮大に勘違いした国民たちは「コロナでキャンセルしてやってるんだ、俺たちの行動は正義なんだ」と思い込んでいる訳です。

「キャンセルする行為こそが感染を広めないための正義の行動」と主張してくる訳ですよ。

でもその間違った正義が飲食店を含む、様々な業種の人たちを窮地に追い込んで、そしてそれが今も続いている訳です。

今でも普通に「インフルにかかったのでキャンセルします」と絶対正義を振りかざしてきますもん。

そして「インフルなのにキャンセル料をとるんですか?」と平然とのたまう。

でもね、ぼくには関係ないんですよ。

キャンセルはキャンセルです。

身内に不幸があろうが、常連だろうが、インフルだろうが、コロナだろうが、電車がとまろうが、キャンセルはキャンセルなんです。

ぼくは、キャンセルポリシーにのっとってすべての行動をとります。

うちは4人未満のご予約の場合、前日の17:00までにキャンセルをご連絡いただければキャンセル料はいただいておりません。

前日のキャンセルは正直痛いのですが、食材はまだ仕入れていませんし、他のお客様のご予約が入る可能性もあるので、そういうキャンセルポリシーにしておりますが、それ以降のキャンセルはお一人あたり7,800円のキャンセル料を頂戴しております。

うちは男性9,800円、女性7,800円の定額なので、女性1人分の金額をキャンセル料に設定しております。

そして、このキャンセル料は徹底してご請求しており、90%以上の方からキャンセル料を頂戴しておりますし、残りの10%もしつこくしつこく請求しております。

普段のぼくなら「そんなの損切りしたらいい」と言うところですが、キャンセル料だけはコストをかけてでも得しなくても請求します。

それは、なぜなのか。

それはね、さかもり全スタッフへのぼくからの敬意なんです。

毎日仕込みをし、1本1本丁寧に鶏肉を刺し、店を綺麗に掃除し、炭を起こし、焼き鳥を焼き、ドリンクを提供し、笑顔で接客する。

そんなスタッフの努力を踏みにじる行為がキャンセル料の未払いだと思っています。

キャンセル料の請求は、飲食というカタチで世間に貢献する我々の正当な要求であり、それこそが正義なのだとぼくは思っています。

なので、悪口を言われようが、銭ゲバと言われようが、ぼくは絶対にキャンセル料を請求します。

それができない飲食店経営者は、スタッフを愚弄しているといっても過言ではないと、ぼくは思っています。

まぁ、だいたいの人はいい方なので、普通に払ってくれるんですけどね、キャンセル料。

ぼくももちろん払いますよ、それが普通ですから、社会のルールですから。

みなさん、キャンセル料、ちゃんと払いましょうね、それが普通なのですから。



大阪・北新地で焼鳥なら炭火焼鳥・さかもり北新地へ

一覧へもどる