さかもりの焼鳥日記

  1. さかもり北新地のHOME
  2. 炭火焼鳥・さかもりの焼鳥日記
  3. 野心のガソリン

野心のガソリン

2026.01.25

野心のガソリン

剥き出しの欲望こそが野心のガソリンになる。

40も中ばを過ぎ、欲望だの野心だと言う事に恥じらいはないといえばあるのですが、何か自分を変えたい気持ちが沸々と湧いてきて、その気持ちを忘れないように、恥ずかしげもなく世間様にお見せしているのであります。

朝から悶々と色々考えてて、そしてこのコラムに辿り着きました。

人は齢を重ねるごとに丸くなるといいますが、狂気のようなオス感を持った野獣から、どこかスマートな賢者になろうとしている自分がいたんじゃないかなと猛省しています。

優しい事こそが正義であり、スマートな事こそが正義であり、それが賢者であり、それが齢を重ねる事であると、ここ数年思っていた節があります。

でも、男はやっぱり賢者になっちゃダメなんです。

男にとっての死は肉体の停止ではなく、情熱を失い過去や誰かに執着し始めた時、男は死ぬのです、確実に。

強烈で剥き出しの欲望こそが、何かを成し遂げる為のガソリンとなり、誰かを惹きつける魅力となる。

何かに没頭し、肉体をいじめ抜き、孤独に耐え、強靭な意志を持ち誰にも文句を言わせない圧倒的な戦果を出す。

それこそが男であると。

精神的な寄生虫に誰が魅力を感じるってんだってもんで。

魅力とは理性の外側にある毒であり、自分の人生を劇場にするためには、常に創造と破壊を繰り返し、毒を放つ必要があるのだと。

小さな成功や幸せな毎日と言う名の「安全地帯」に逃げ込んで、社会的評価という鎧を着込んでいる男なんて、つまらないどころか、それはもう死んでいる。

先日女子に「お母さんみたい」って言われたんですけど、それに強烈な違和感をずっと感じていて、それはもう、ぼくの存在は過保護で優しさをふりましているだけの独りよがりな屍であり、女子からの承認を得て満足するだけのゴミカスであると。

そしてその承認も結局は魅力ではなく、究極のところ家事ロボットと変わらんのであります。

例えるなら「口うるさくないだけのお母さん」であり、そんな底の浅い男に誰が魅力を感じるんだろうと。

だからこそ、剥き出しの欲望こそが野心のガソリンになるはず。

その欲望を自分のマネーではなく社会の公器や大義に向けて、男としてのエゴを再構築し、震えるような情熱を持たないと、死ぬんです、男として。

言葉は意志を具現化する為にある。

だからこそ弱音や文句をぼくが今後言うようであれば、潔く自分の舌を噛み切ってしまいたい。

今日からリブートして、自分を変えて、もっと魅力的な人間になりたいと思います。



大阪・北新地で焼鳥なら炭火焼鳥・さかもり北新地へ

一覧へもどる