誠実でアレ
2024.04.18
ある女子と話していると「私の今のテーマは誠実」って言うてたんですけどね。
それはそれで素晴らしいとは思うのですが、僕は誠実って言葉があまり好きじゃなくて。
誠実を辞書でひくと「偽りが無くまじめな事、真心を感じさせるさま」
僕はそれをお人好しとしか読めないんです(w
ただの天邪鬼なのは理解しているのですが。
そもそも人間というのは不公平の塊なわけです。
生まれた国、年代、性別ガチャもありますし。
日本人に生まれたとしても、身長・スタイル・顔面偏差値・親の生活水準ガチャなど不公平は多々ある。
まじで不公平なんです。
生まれた瞬間みんな平等なんてことはなくて、思いっきり不平等。
金銭面だけでいうても生まれた瞬間5億円の差があるなんてこともザラにある訳です。
じゃあ、下剋上とまではいいませんが、その不公平を解消して自分がイメージする納得いく自分を目指すには、戦略と努力と運しかない訳で。
神頼みして来世に期待するとか大間違いな訳でありまして。
その下剋上に邪魔なのが誠実って言葉なんですよね。
誠実とかスポーツマンシップとかって、強者の論理だと思うんですね。
「スポーツマンシップにのっとって、正々堂々と戦いましょう!」ってセリフ。
高校野球とかスポーツの世界ではよく使われますすが、まじで虫唾が走る(w
スポーツマンシップになんて乗っとてたら、ジャイアントキリングなんて起きない訳ですよ。
小が大を食うなんてこともない訳ですよ。
反則ギリギリだろうが、見えない場所で反則したとしても、根回ししまくろうが、ずるいと言われようが、薬盛ろうが、普段では絶対にしないようなミスを誘発する心理状態に導いたりして、がむしゃらに勝利を目指すからこそジャイアントキリングがある訳でして。
薬盛るはやりすぎですが(w
力のある2つの高校が正々堂々と正攻法で野球をしたら、そら力のある方が勝つに決まっている訳で。
だからこそ「正々堂々やろうぜ」ってのは強者の論理でしかないんです。
「お前らズルすんなよ、がっぷりよつてやろな、せこいことすんなよ」という恫喝こそが、スポーツマンシップという言葉なのです。
このコラムを読んでいただいてる人のほどんどが、圧倒的な強者ではないと思うんですね。
もちろん僕も含め。
じゃあ、人生においてジャイアントキリングとまではいいませんが、小番狂せくらい演じるためには、人が選ばない王道ではない道を選ぶしかない訳です。
正々堂々やろうぜってのは、強者になってから言えばいいと思うんです。
お前ら、俺のステージにくるなよ、挑むなよって(w
もし僕が誠実にとか、スポーツマンシップとか言うたら、何か一発当てたなと思ってください(w
キャッシュで数億円もったら、言います(w
あー、2日連続堅苦しいコラムを書いてしまった、またフォロワーさん減る。
真面目なコラムを書くとフォロワーさん減るという、天邪鬼コラム。
次回は愛だの恋だのコラムを書こ(w
誰か、なんかネタ頂戴。
そんな事を思いながら呑んだシャンパーニュは、小さなメゾンなのにグランメゾンよりも甘美でしたとさ。
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