鈍感力の定義
2026.04.21

母が言うんです。
「最近のコラムって下ネタばっかりよ」、と。
でも、下ネタの話を書いたのは3回前と2回前で、前回のコラムはそんな訳でもなく、割と硬派な内容でして。
でも、人ってのは、思いつきだけで生きてる産物ですので、前回のコラムなんて覚えてないんですよね。
とにかく「下ネタが多い」って事を言いたいだけで。
これを言うてやろうと思うと、その他が思考から消えてしまう訳で。
ぼくが「直近のコラムは全然違う話やけど」と言うても「読んでない」といいつつも、じゃあ読めやというと「あれー、このコラム読んだわ」と。
そんなもんなんです。
世の中なんて、そんなもんなんですよね。
だから、他人の言う事なんて気にする必要がない。
まったくない。
あなたの人生にとって、プラスになる事なんてほぼない(w
そないに深くも考えて発言している訳でもないし、他人がそないに思慮深く生きている訳でもない。
ゴルフで例えるとですよ。
OBした後、プレ4からOBバーディをとったら「ナイスバーディー」って言う人が多いんですよ。
OBしてるから、それはボギーなんですけどね。
つまりティショットでぼくがOBをしたことなんて覚えてない。
そんなもんです。
誰かの言う事なんてそんなレベルなのに、誰かの声に怯えて人は生きていく。
ネットの何の責任もとらない声で、自分の人生すら終わらせる人がいる。
鈍感力を身につけろなんて人は言いますけど、それは逆やと思うんですよね。
自分に鈍感な人が人に敏感なんです。
自分に鈍感だからこそ、人の意見に敏感になる。
つまり、人に鈍感な人は、自分に敏感だからこそ、人に鈍感になれる。
自分や自分の近しい人を幸せにする為に、優しくする為に、思いやりを持つ為に、自分以外に鈍感なだけであって。
もっというと、それは、外野の声に鈍感な訳ではなく、そんな外野の声を無視するだけの強固な意思と精神力があるわけだけでして。
今日からうちと契約してくれている男子プロゴルファーの徳永圭太プロが、うちのオフィスにあるゴルフ練習場に週2回来る事になったんですね。
ぼくはそれに対し「車じゃなく、せっかく来るならチャリできたら?」と、すぐにクロスバイクを買ってあげたんです。
宝塚からうちの会社まで20km以上、時間にして120分近くかかるんです。
勝つ為に、移動時間すらもトレーニングにする。
車できたらコストがかかるけど、チャリならコストゼロ。
それをすぐに実行するプロ、素晴らしいです。
ぼくは、こういう取り組みこそが、自分自身への敏感力であり「そんな事をして意味があるの?」「今さらチャリでいくの?」「危なくない?」「という、アホみたいな外野に外野にたいしての鈍感力なのであります。
負けた事を肯定して、「あの負けがよかった」ってのは成功者のくだらない成功本な訳です。
負けて得るものは、勝った時に雄弁に語ればいいんですよ。
負けて得るものなんかないんです、勝つまでは。
それが自分自身への敏感力であり、他者への鈍感力だと思うんですよね。
しらんけど。
しらんけど。
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